お母さんにしてくれてありがとう


「お母さん!」

「お母さ〜ん!」

「ねぇ、お母さ〜ん!」

1日のうちに

何回
’‘お母さん’‘と

呼ばれるんだろうというくらい
連呼のあらしに

「はいはーい」

「待っててねぇ」

「なぁに〜?」

と、反応する。

そんな
よくある家庭での光景。

だけど

こんな今が

決して当たり前ではなかったことを

思い返します。

ふたりの子どもたちが

私の膝のうえを争い

どっちがお母さんの隣を奪うか

競い合うその姿に、

子どもは一手に親の愛情を独り占めしたい生き物であり

母親という生き物は、
こんなにも愛されるのだということを
まじまじと感じさせられます。

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母の日。
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養子縁組した長男と

里子の次郎の存在に

心底すくわれ

「私をお母さんにしてくれてありがとう」

という気持ちと共に

決して平坦ではなかったこれまでの道のりを

思い返していました。

あぁそうだったな。

これまで

何度も

何度も

自分を納得させようと

精一杯

ならべた

あきらめる理由たち。

 

だって

私はうめないんだから・・・

「こどもが産めないカラダです。」

そう知らされた高校生の頃から

私の中で

ガラガラガラ‥‥と

いろんなシャッターが

降りだしました。

友人との距離も
自ずととりながら
気持ちに蓋をしながら

そして

何度も

何度も

だって

私はうめないんだから・・・

そう

言い聞かせては

そのときの精一杯の

自分を納得させる理由をならべてきました。

だけど

あきらめが

わるくて。

やっぱり

子どもがほしくて。

やっぱり

子育てがしたくて。

気がつくと

ネットで調べ

本を読み漁り

研修に参加して

情報収集しているあきらめが悪い私がいました。

子どもを迎えたい。
子育てがしたい。

そう思う一方で

覚悟なんてなくて

怖くて、不安で

本当に

産んでない子を

血の繋がりのない子を

わたしは愛せるのだろうか

わたしは子どもを可愛がることができるのだろうか。

そんな不安は
決して声に出してはいけないような
表現してはいけないような気がして

心の奥の方にしまっていましたが

だけど

ずっと
ずっと

その不安感はありました。

悩みながら

葛藤しながら

不安でいっぱいだった

子どもを迎えての暮し

その子育ては

描いていたものとは

きっと

かなり

違って 

必死で

もがく

そんな6年間を過ごしてきた
これまでを

振り返ると

幸せな時間であったことに

異論はないけれど

ただただ
「幸せな時間」

と表現するには
少し違和感もある私がいます。

だけど

声を大にして言えるのは

「あきらめわるい自分がいて

よかったなぁ。」

ということ。

『私をお母さんにしてくれて、ありがとう』

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