なくはない「ある」。自分の気持ちを大切にいいんだよ。


いつからこんなに
ないもの探しが
得意になったのだろう。


人がもっているモノを
自分がもっていないと
羨ましく感じ


人との比較の中で
落ち込んだり
勝ったような気分になったり


いつもその比較の基準が

誰かや何かの評価
誰かや何かの価値



その中で一喜一憂してみたりする。



だけど
あるとき

気づかせてもらう。


============
なくは、ない。

ある。

ここにある。

============

って、ことを。




「ないものを必死で見つけようとしても
あるものには気づけない」



「ないモノを探し続けても
ないコトしか見つからない。」



ってことを。








生まれつき子どもの産めない私は
紆余曲折しながら・・・

やっぱり子育てがしたい!
そう思い

心から望んだ
”子どもとの暮らし。”


そして、
念願かなって
2016年に
子どもを迎えることができました。


生後5日の男の子の赤ちゃんを
産院へ迎えに行ったことを思い出します。





baby sleeping on white cotton
Photo by Pixabay on Pexels.com


それからというもの
これまでの暮らしから一変。

仕事づけでもあった私の生活は
子ども中心の生活へ。


子どもの委託の話が飛び込んだとき。

それは突然だったこともあり
喜びを感じ間もなく
子育てがスタートしたというのが本音。


今思うと、
自分の感情は置き去りにしながら
目の前の小さな命を守り、
育てることに必死だったなぁ
とふり返ります。


その日から
はじまった子育て。


はじめてのことの連続の毎日。


これまで当たり前にできていたことが
うまく運ばないことが沢山。

家事をはじめ
やりたいこと、やっていることが
途中で中断するなんて当たり前で


夜泣きで起き、
食事もかけ流すように食べることもしばしば


そんな
眠ること、食べることの
基本的欲求も満たされない日々。



そして、
一日を終えるときには
未完了のタスクが増えては
毎日、自己嫌悪。


あー
これもできなかった。
あれもできなかった。

今日やろう!
と思ったいたことが
見事にこなせない。 




子どもと二人きりの時間
日々の育児


繰り返される毎日の中で
苦しさを感じていました。



だけど

子どもとの時間が苦しい、しんどい。


そう感じる自分が顔を出すと

そう思っている自分を
どこまでも否定する自分。




望んで迎えた子ども。

子育てがしたくて、選択した
特別養子縁組や里親という形。





それなのに




それなのに



「大変だ。苦しい。しんどい・・・」


「早く、仕事に復帰したい。」


そう思う自分を
なんて罰当たりだ。

そんなこと、思っちゃいけない。

そんなこと思うなんて
ダメな母親だな。


今しかない
この子どもとの時間を楽しまなくっちゃ!


自分で決めたことなんだから。

自分が望んだことなんだから。




そんな内なる自分、内なる声が
いつも自分を罰していました。

そうやって

どこまでも
自分自身を否定する材料を見つけては
自分で自分の首をどんどん絞め



そして
「母親失格」の烙印を
押していました。










ですが
そんな私も、
心理学を学ぶ過程で、


「自分が今、どんな風に感じているのか。
どんな気持ちでいるのか。
自分が感じていることを
自分で受容できるようになればなるほど
心が安定し、人間としての基盤が

しっかりしてくるということ。」


「自分の感情や気持ちを
しっかり受容できるようになると
自分が自分であることの確かさを
感じられるようになる。」

ということを知りました。


それを知った当時は、

自分の中から湧いてくる
ネガティブな感情に蓋をしたり

その感情を「いけないモノ」として
「こんなこと思っちゃいけない!」
と自分を責めていたのですが、



「そのままの自分を受容すること(自己受容)」
の大切さを知るに至ったことで


自分の感情を少しずつ味わい、

自分の弱さを認めて受け容れることに
取り組むようになりました。




もちろん

すぐに
すんなりとはいきませんでしたが


少しずつ

少しずつ

自分の感情に気づき
それらの気持ちを書き出したり
丁寧に取り扱ってあげることが
ちょっとずつ出来るようになりました。
(ホントに、少しずつw)




具体的には

「いいんだよ。そう思って。」

「いいんだよ。苦しいって言って。」

「大変だったよね。」

「そう思うのなんて当然だよ。」

「不安だったよね。」

「孤独だったよね。」

「苦しいって思っていいんだよ。」

そんなふうに、自分に対して
受容的にささやきかけることをしていきました。



これによって、
私はこれまで必死に蓋をしていた感情を
少しずつ味わうことができ

自己受容していくプロセスの中で

心の安全基地が強化されたり

自分の本音を大切にできたり




また、
10年経ってもまだ感じ切れていなかった
(蓋をしていた)
母との死別の悲しみを
存分に感じることができました。



子育てしながら感じる
実親がいないという事実や
頼れないことの寂しさから


「母が生きていたら・・・」

と、幾度となく
その気持ちが顔を出しましたが


そのたびに


「そんなん思っちゃいけない!だって、いないんだもん。」

と、自分の感情を押しつぶしてきました。



ですが
まわり道をしながらも

思いっきり閉じ込めていた
自分の感情や
その気持ちを
味わえるようになっていきました。



ちゃんと
悲しんでいい。


ちゃんと
本音を出していい。

ちゃんと
心の声を大切にしていい。


その自分の気持ちはココにある。


だから
ないものにしないで。





あのね


そうやって
自分の気持ちを大切にできるようになった分

子どもの気持ち、
相手の気持ちを
本当の意味で大切にできるようになるから♡



追伸:
「ある」のに
「ない」モノとしていると・・・

抑圧していると
抑圧しているその感情が

形を変えて
わるさをしてきます^^;

ここは、また詳しく書きたいと思います。

 

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