心の傷つきがくれた、静かな宝物


こんにちは。

心とカラダの土台づくりを通じて
可能性を未来へつなぐ
「ココカラミライ」
梅田あいこです。


「心に傷があること」は、
どこか
「よくないもの」「あってはいけないもの」「できれば持ちたくないもの」
のように、扱われがちです。

うまく生きられていない証拠。
弱さの印。
早く治さなければいけないもの。

そんなふうに、
自分の心の傷つきを
責めるような視線をいつのまにか
自分自身に向けてしまう人も
少なくありません。


私自身も、かつてはそのひとりでした。
(私自身も、そう思わずにはいられなかった時間があります。)




ですが

私は、この仕事を通して、
「心の傷つき」があることは
不幸ではなく

その傷と向き合い、
その傷を修復のプロセスを
歩んだ人だけが
手にすることができる
宝があるのだと…

心から感じるようになりました。

それは、
私自身の人生を通して感じてきたことでもあり、
同時に、セッションで出会う
クライアントさんたちの姿から
何度も感じさせてもらってきたことでもあります。

心に傷を抱えながらも、
自分と向き合い、
揺れながら、立ち止まりながら、
少しずつ修復のプロセスを歩んでいく。

その過程の中で、
その人の中にしかない
やさしさや、しなやかさ、
深いまなざしが
静かに育っていく瞬間に、
私は何度も立ち会わせてもらってきました。

傷をなかったことにするのではなく、
丁寧に触れ、
感じ、
立ち止まる時間を重ねた人ほど、

人の痛みに
無理なく寄り添える力を
自然と身につけていく。

そんな場面を、
私は何度も目にしてきました。



ここでいう「修復」とは、
前向きになることでも、
強くなることでもありません。

傷つかなかったフリをすることでも、
ポジティブに書き換えることでもない。

むしろ、
「ちゃんと傷ついた」という事実を
なかったことにせず、
その痛みに触れ、
感じ、
立ち止まること。


ときには、
「わからない」「進めない」
そんな時間を
そのまま過ごすことでもあります。

心の修復プロセスは、
一直線ではなく、
行ったり来たりしながら
ゆっくり進んでいくものです。

そして不思議なことに、
このプロセスを通った人ほど、
人の痛みに
無理なく寄り添えるようになっていきます。

正解を押しつけたり、
励ましで覆い隠したりせず、
「そう感じたんだね」と
そのままの気持ちのそばに
いられるようになる。

自分の「大丈夫じゃない部分」を
知っているからこそ、
誰かの弱さにも
自然と敬意を持てるようになる。

私はそれを、
「宝」だと思っています。

派手ではないけれど、
生きていく上で
とても確かな宝物。


今、もしあなたが
自分の心の傷つきを
どこか受け入れきれずにいるとしたら。

「こんな自分じゃダメだ」
「ちゃんと治らなきゃ」
そんな思いが
心を苦しくしているとしたら。

その傷は、
人生の失敗でも、
欠陥でもありません。


まだ修復の途中にある
大切なプロセスの中に
いるだけなのかもしれません。

宝は、
ちゃんと整った人だけが
手に入れるものではなく、

ゆれながら
修復の途中のこの道を歩く中で、
すでに静かに
育ちはじめているものだと、
私は感じています。

その歩みを、急がず、大切にしていけたらと思っています。





心の土台は、
いつからでも、
何度でも育て直すことができます。


「ひとりでがんばらなくていい。」

気づいて、
ゆるめて、
また戻ってくる。

そんな歩みを、
必要な人と一緒に続けていけたらと
願いながら、

ここに、
そっと居場所であれたら。

そんな
ともに過ごせる居場所を
これからも
大切に育てていきたいと思っています^^


【編集後記】

今のあなたの心の土台の状態を、
そっと見つめるための小さな入り口として、
**「心の土台診断」**を置いておきます。

心の土台診断は
こちら▶ 心の土台タイプ診断

がんばるためのものではなく、
今の自分を
知るための時間として、
受け取ってもらえたら嬉しいです。



そして。。。

子どもの心のことを考えるとき、

「傷つかせたくない」
「ちゃんと育てられているか不安」

そんな思いが湧いてくることがあります。

次の記事では、
子どもが傷つくことを
必要以上に怖く感じてしまう背景と、
それでも大丈夫だと伝えたい理由を、
もう少し丁寧に書いてみました^^

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