「いのちとの出会い」。続・変えていける過去への意味づけ

***

きっと
誰しもが

向き合いたくない
背を向けたい
人には知られたくない

そんな出来事や過去があるんじゃないかな。


蓋をしておこう。
目をつぶっておこう。
なかったことにしよう。
墓場までもっていこう。・・・など


だけど、

その経験こそが宝。
それが宝となる時がくるよ。

そして
それは
いつか誰かのお役に立つ時がくるから。


これまで沢山
そんなメッセージをもらっては
自分事には思えずに

なんとなーくわかるような
わからないような・・・

そう、思っていたんですよね。

まぁ多くの方がそうおっしゃるから
そんなもんなんだろうな・・・
と、どこか他人事。

だけど、

あ~そういうことだったんだね。


これを伝えるために
次なる誰かのお役に立つようになっていける為に
あの経験を積んできたんだね。


と、それが繋がる瞬間ってやっぱりある。


解釈はどこまでも自由でもあり
意味づけはいくらでもしたいように
描きたいようにできる。


過去への意味づけをすることで
自分も癒され、そして
次なるステージにいける。

ということを
ここ数年で
しみじみと味わい

そして
過去の経験
それらの出来事が
宝となっていきます。



今日は、そんな私の経験のひとつである
「ひとつのイノチが我が家にやってきたときの話」
長男が生まれた5年前のこと
出会った時の話をしたいと思います。


***

2016年7月2日
夫婦で苗場山へ登っていました。
そして、下山したとき
電話が鳴ります。

 「7月末が予定日の男の子の赤ちゃんです。受け入れは可能ですか?」

説明会に参加し
研修を受け、そして面談を受けた末に登録していた  
養子縁組の斡旋団体からの連絡でした。

7月の末が予定日ということで
生まれるまで
あと約1ヶ月。


赤ちゃんを迎え
生活をスタートするために
準備をしなければ!


さて、何からすればいいんだ?
準備は何が必要?

嬉しさの感情と共に
心身あわただしくなります。

フリーランスのトレーナーとして
運動指導の仕事をしていた私は、
子どもから大人、アスリートや高齢者と
老若男女、様々な現場で運動指導をしていましたので


まずは
身辺整理が必要ね。

仕事の整理からはじめなきゃ!
周りへの報告がまず一番ね

それから???
それから???


1ヶ月かけて
準備をしていくぞ!

そんな風に思っていたのも束の間。

な・・・なんと

その4日後に再び電話が鳴り・・・

「生まれました!」
と連絡が入りました。


(え・・・なんですって!?
う、うまれたぁ~!!!!?)


急なその連絡に
喜びを感じる暇もなく
内心、あせります。

予定日から多少の前後は想像していたけれど
まさか、3週間も早く生まれてきてくれるとは・・・
そんなに早く会いたかったかい?
と思いつつも



それからは更にバタバタです。
大急ぎで赤ちゃんを迎える為の準備をすすめました。


***

そして、その5日後。
産院を退院する日に

ドキドキ、ソワソワ
しながら・・・

朝早くに家を出て
生まれた病院へ
夫と一緒に、
車で迎えに行きました。


そして、その日から
赤子の育児がスタートしました。

うまれたばかりの
小さな小さな命。

赤ちゃんを目の前にしたとき
言葉も涙も出なかったことを思い出します。

それから一週間後のある日。

赤ちゃんの依託の連絡をもらってから
息子が我が家にやってきてから

はじめて
涙があふれてきました。

あの時
あの知らせがきてから
息子が我が家にやって来てから
感情も感じる暇がないほど
いきなりスタートした育児。


当時あわただしさのあまり
自分の感情に一旦蓋をして
まずやるべきことをせっせと
行っていましたね。


現実として
目の前には小さな「いのち」があり
責任感もうまれて
やるべきこと、準備、
はじめてのことへの戸惑い
など

そのときに
いろんな感情を味わっていたら
カラダも心も保てなかったんだと思います。

そして、しばらく経って
子どもの寝顔をゆっくり見れるときがありました。

そのときに

あ~私、今。
お母さんやってるんだね。
お母さんになったんだね。

そう感じ、味わうと

抑え込んでいたかのように
涙が止まりませんでした。

ありがとう

私をお母さんにしてくれて。

夫をお父さんにしてくれて。

私たちを親にしてくれて。

ありがとう
生まれてきてくれて。

****

今、当時のことを思い出すと笑えてきます。
あのバッタバタ感・・・

よくやったなぁ。

と讃えようw

変えていける過去への意味づけ

「子どもが産めないカラダです。」
そう知ったのは高校生の頃。

何度も自分の感情、本音、気持ちに蓋をしては
現実逃避を長らくしてきたけどw

その出来事は変えられないけど
出来事への意味づけは変えられる

 
自分のことをどうにか価値づけしないと
きっと生きてこれなかった私にとって

私が私でよかった。
私が私だから出会えた「いのち」

その存在が

ここにいていいし
ここに必要とされる自分がいる。

その小さな「いのち」を抱いたときに
生きたい。生きてていい。

そう強く感じ
しっかりと自分の中で
「生きる」を選択した瞬間だったのかもしれない。

 
今、自分の人生を生きることの意味、
そして
私が私でよかったなぁと思うには
十分すぎるほどのメッセージをくれます。

***

それからというもの

目の前の小さな「いのち」は
いろいろな
たくさんの
大切なことを教えてくれました。

これからも
家族となるプロセスを存分に味わい

そして
社会にお返しするプロセスを模索し、
考えながら歩んでいこう。


と、長男の5歳の誕生日を迎えて思うのでした。



***

「その出来事は変えられないけど
出来事への意味づけは変えられる」

 ***

ただただ苦しかった
その過去の経験や自分の境遇


でも、
それらのお陰で
未来を不安でうめつくし
希望をもつことができなかった
あの頃の私がいるから

だから
一筋の希望の光をとどけていきたい。

可能性を未来につないでいきたい。


私が私を生きる理由がここにあり
次の世代につなぎたい想いが
今ここにあります。


そしてそれは同時に子ども達にも伝えていきたいメッセージ。

私たち家族4人は
誰も血のつながりはないけど
周囲から頂くお声もいろいろあるけど

だけど
その事実は変えられない


でも、その変わらない事実も

一緒にこれから次の
未来につなぐ
未来を考える
キッカケとしていこう。

あなた達なら
それができるよ。


今の想いを添えて

***
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